「結果」とは作品であったり仕事の成果物のこと。ひとつの仕事するのに1時間かかるのと30分で完成するのでは後者のほうが圧倒的にいい。まったく同じものが完成するのであれば早いほうがいい。作品を作るにしても、どんなに急いでもクオリティが下がらないような部分はなるべく早くやったほうがいい。肝心なところにたっぷりと時間をかけるためです。
しかし駆け出しの個人作家レベルで大事なのは効率ではないと考えています。たとえ1日かけようが1時間でできようが外に出されるのは「1」だったら目に見えている結果は同じです。早くても遅くても「1」は「1」でしかありません。極端なことを言うと、多少効率が悪かろうが根性で「2」を出せるのだったら「2」を出したほうがいい。この世に生み出したものが「2」なのだから。当たり前ですが「1」より「2」のほうが大きい。
今の私は、効率がよくなくても「2」や「3」を出そうとしています。がむしゃらさと根性で。そのうち効率もよくなってくるでしょう。
だからと言って効率を考えていないわけではありません。むしろ新しいやり方がないか毎日考えています。いい方法でいい物をよりはやく作れたほうがいいに決まってます。実際、1年前よりもはるかに効率はよくなっています。
ただし、その「効率」という部分は外部には見えないのです。どんなに効率化しても、新しい方法を考えて早く正確にできるようになったとしてもそれは内部の人間にしかわからないこと。お客さまには全く関係のないことです。特に個人作家レベルの小規模の場合はちょっと効率がよくなったくらいで価格に影響するわけでもありません。効率が上がったからって誰に褒められるわけでもありません。効率が上がったことを見える形にして世の中に還元にする方法は「効率を上げて圧縮したその時間でさらに生み出す」こと。あたりまえですが。それをどこまでできるか。今はそれだけです。
努力や根性は目に見えない。でも「結果」は見える。
効率も目に見えない。でも「結果」は目に見える。
自分にとっての「結果」とは何か。
それは作品です。新しい作品です。新しい作品をたくさん作りたい。
新しい作品という「結果」を出すために効率についてたくさん考え、行動する。
効率は良いに越したことはありません。
ただし目に見えるのは「効率」ではなく「結果」です。
効率がわるいまま行動しようと言ってるのではありません。
「1」よりも「2」のほうが大きい、ということです。
まずは、目に見えるものを生み出そう。
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