毎年、学生もにまるずスタッフの作品を見に行っている。
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| もにスタッフの作品。本文とは直接関係はないです。 |
四年生の皆さま、本当にお疲れ様でした!
卒業制作展を見終わって、考えていたことをつらつらと書いてみる。
誰の作品がどうとかではなく、卒業してから考えていたことを、なんとなく卒業生に向けて。
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卒業制作は、心身ともにすり減る。
痩せた人もいるだろうし、ストレスで太った人もいると思う。
やりたいことをやり切れた人もいるだろうし、
納得がいかない人もいるだろう。
卒制に集中できた人もいるだろうし、
諸事情でそうもいかなかった人もいるだろう。
これからに繋がる何かを得た人もいるだろうし、
もう美術なんてうんざりの人もいるかもしれない。
これから就職をして美術やデザインに関わる人もいるし、全く違う分野に進む人もいる。
進学する人もいるし、作家として活動する人もいる。
どうしようか悩んでいる人もいるはずだ。
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大学という環境は、とても温かい場所だ。
ウマが合わない教授もいたかもしれないけど、
未完成みたいな作品でもしっかりと厳しいことを言ってくれるその環境は、これからはそうそう無い。
パネルが曲がってるよ、なんて細かいことを言ってくれるのは愛でしかない。
後輩からこんなエピソードを聞いたことがある。
大展示室で講評をしていて、順番に壁際の作品を見て回っていた。
一つの作品の講評を終えて、次の作品に目を移して「これは〜」と教授が講評を始めようとしたそれは、ただのドアストッパーだったという。
「先生、それはドアストッパーです」と言って、次に移ったそうだが、こんな環境は大学を卒業したらもう無いんじゃないかと思う。
私は大学を卒業して7年ほど経ったが、時が経つにつれ、教授の偉大さ、美術やデザインなど「つくること」を続けている方々への尊敬の念が高まっている。
続けることは、簡単ではない。
美術やデザインをしないという選択も充分ありうる。
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世の中にはダサいもので溢れている。
美術やデザインで、もっと良くなると思っている事がたくさんある。
そう思っている美大生が毎年たくさん卒業していく。
そのアグレッシブな気持ちを持ち続けてほしい。
もし、持ち続けられなくても、そう思っていたことを覚えておいてほしい。
こんなことを書くと、年寄りみたいだけど、
そんなことを思ってても言わずに、陰ながら応援しているたくさんの卒業生がいることを覚えておいてほしい。
芸祭や卒制で、特に作品についてあまりコメントもしないけど、興味深く作品を見ている卒業生の大人たち。大切な何かを感じている。
社会に出てなんだかイマイチなデザインをしている大人たちがいるかもしれない、デザインがオシャレすぎると否定をされるかもしれない。
それでも、その頃の想いを忘れてはいないはずだ。
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大学を卒業してから、美術やデザインは、学生の頃に思っていたよりもずっと幅広く、
卒業生たちも色々なかたちで働いていると知った。
一見、美術やデザインではないようなことに、その思考方法を取り入れている。
一方で、美術やデザインを学んできた人は統計的にはごく僅かだと気付かされる。
その中で、これから何をすべきかを考えている。
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卒制制作を終えて卒業したら、もう対等だ。
「あれはお金のある企業だから作れる」とか言っている場合じゃない。
有名デザイナーやアーティストを呼び捨てにして、勝手に講評してる場合じゃない。
卒業して、真っさらの状態になったとき、自分の何もできなさに驚く。
たとえ、お金がたくさんあったとして彼ら以上のことができるだろうか。
商品を作るとして、お金があるだけじゃ生産は管理できない。流通ができない。
お金がたくさんあったとして、美術館に収蔵されるような作品が作れるだろうか。
何もできない。
ここからが学びの本番なんだと気がついた。
学び方の「型」を大学で教わったんだなと理解した。
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卒業して、もう7年、まだ7年。
忘れてしまいそうな事もあるけど、大切にしている事もたくさんある。
卒業制作展を見て、思ったことをつらつらと書いてみた。
四年生、卒業制作、おつかれ様でした!
大切なことを、大切にしてください。

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