2012年3月21日水曜日

もにまるずヒストリー2:2007年10月 大大大失敗の芸術祭「100ANIMALS」

100ANIMALSはフィギュアにしよう!イラストも描いて超大作にしよう!見てろ!度肝をぬいてやるぜ上級生!と、意気込んでいた大学一年生の夏。

前回の記事
もにまるずヒストリー1:2007年 6月 もにまるずの前身 「100ANIMALS」誕生!

そんな勢いも最初だけ、芸術祭が近づくに連れて焦り焦り焦りの嵐。
構想ばかり大きくなかなか進まない作業。自分の作業スピードもまったく把握できていませんでした。一年生の初めての作品ですから。

芸術祭の一週間前くらいに一番の大問題が発覚しました。
『フィギュアがうまくできない!』…致命的でした。
フィギュアの素材は非常にデリケートです。温度・湿度・配合、全てがそれなりにキッチリしてないと形になりません。もちろんそんな事は知らず、体育会系の当時の私は気合いと根性でなんとかなると思っていました。
うまくいかなくてフィギュアはベッチャベチャ。部屋はグッチャグチャ。

そして迎えた芸術祭当日…!
作品はまっっったく完成しませんでした。
ぐちゃぐちゃの未完成の作品の前で呆然として迎えた朝。これが悔しくて悔しくて。自分はここまで無力なのか。何を思い上がっていたのだろうと。
諦めて展示会場に行き、「展示を辞退します」と言いました。
しかし視デの同級生から人生を変える程の一言。

「芸術祭は3日あるんだから、最終日に間に合えばいいじゃん!がんばりなよ!」

ギガデインが落ちました。
この言葉がなければ、今の「もにまるず」は存在しなかったか、少し違う作品になっていたでしょう。
今クリエイターとして活動しているのも、この一言がなければ違っただろうと本気で思っています。

さっそく家に帰って、制作にとりかかりました。もう一人じゃ無理なことはわかりきっていました。
友達に来てもらって、人生の中でも最悪に汚い部屋で色塗りを手伝ってもらいました。
毋、姉、妹がパッケージ作りを夜な夜な手伝ってくれました。
翌朝、「荷物が重いだろう」と父が車で学校まで送ってくれました。
そして学校では、同じ部屋で展示をしていた何人もの同級生が設置を手伝ってくれました。ほとんど話したこともない人たちなのに!本当に嬉しかったです。泣きそうでした。

そして最終日にはボロボロの作品を展示。3徹以上で体も心もボロボロ。
完成度の低さ、自分の力の無さが悔しくて悔して、でも初めて展示ができて嬉しくもありました。
友達からのメッセージ、芸祭で知り合ったキャラクター作家の先輩からの励まし、先生からのメッセージまで戴いて、勇気づけられて、とても大きな事を学んだ大大大失敗の展示でした。

「100ANIMALS」2007年10月28日 撮影

期限に間に合わないのは最低。諦めるのはもっと最低。
でも、必ず周りの人が見てくれている。助けられまくりの展示でした。
たった一人の、たかが一つの作品なのにこれほど助けてもらってしまった事に感謝していますし、すこし不思議でもあります。ここには書きませんが今思ってもハッピーで不思議な事が起きて展示にこぎつけたのでした。

絶対このままでは終われない。助けてくれた人達に完成した作品を見てもらいたい!来年の芸術祭で見てもらおう!

芸術祭の最終日、展示の片付けをしながら強く決意したのでした。

その日から一年越しの「100ANIMALS」リメイク作戦が始まりました。
そして生まれてくるのが「もにまるず」なのです。
次回はそのあたりお話です。

つづく。

〜おまけ〜
こちらが2007年(大学1年)に制作した「100ANIMALS」の「うさぎ」のフィギュア。これからフィギュア作ろうと思ってる方、自信出てきませんか。こんなんだったんです。同級生8人に「100ANIMALS」をプレゼントしました。クオリティ低いし、劣化してグチャグチャでしょうけど、まだ存在してれば貴重です。いちおう、もにもにしてます。

こちらが当時の机の写真。ひどい。現在のもにまる工房では考えられない状態ですが、今、掃除を徹底しているのは過去にこういう状況で大失敗してるからです。掃除、時間、そういう基本的な所から自分の作品は崩れ落ちました。大事です。これからもますます気を引き締めていこうと思います。

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