2012年12月30日日曜日

もにまるずヒストリー3:2007〜2008年 100ANIMALSリメイク作戦


2007年芸術祭(大学一年)で初出展したもにまるずの前身「100ANIMALS」。
詳しくは過去の記事をご覧下さいませ


作品としては大失敗の展示だったものの多くを学び、2007年芸術祭が終わったらすぐに2008年芸術祭にむけ、一年かけて「100ANIMALS」のリメイクを始めました。
まず100匹である必要性から考えなおし、キャラの選定、フィギュアの原型、イラスト、パッケージ、展示方法、キャッチコピー、全てです。

原型のベースとうさぎのパーツ
もちろんうさぎが第一号

この時、19歳なりに細かく深く考えたつもりです。10年や20年、もっと永く親しんでもらえるキャラクターにしようといくつかの仕組み・仕掛けを埋め込んだりして。
この時に考えたキャラクターの仕組みは後の特許取得に繋がりました。

なぜもにまるずの動物キャラクターには個々の名前がないのか、なぜメジャーな動物がいなかったりするのか。たいしたことはないけれど、いくつかの見えない仕掛けを施して。
でもそれが効果を発揮するのはいつ到来するかもわからないずっと先、本当に有名になってからの話で、今でもその効果が発揮されていません(笑)

いつ日の目を見るかもわからないのに、そんな保証などどこにもないのに、大きな野望を抱きながら作っていました。
ぜったいにすごいの作ろうと意気込んでいました。

それは、しんどい。

思っていることばかりデカいから。
毎日毎日、学校から帰ったらイラレ、イラレ、イラレ、粘土、粘土、粘土。ひたすらイラレデータと原型を作ります。
このリメイク期間から、物置きになっていた部屋を作業場にしていたのですが、その部屋に入った途端に蕁麻疹が出るほど正直しんどかったです。あんまりしんどいとか言わないタイプですが(疲れた〜は言うけど)これはしんどい。蕁麻疹とか物理的にもしんどい。



ひたすら作る。楽しいから作るとかを越えて、ただ作る、リメイクして芸術祭に展示するために。

動機の殆どが悔しさ。
動機はなんでもいい、とにかく作れば。
作らなきゃ作家じゃない。
まさにTHE 体育会系。超余談ですが、この時が体力のピーク、握力73kg。無駄。

根性で作っていました。いや今も。




作っているのはほとんど誰も知らない作品であり、完成しても誰が見るかもわからないという不安。
その時期に個人的につらいこともあったりしてかなり暗黒時代。
そんなこともあって、強くなりたいと思ったんです。
ただかわいいだけじゃなくてメッセージを込めよう、大切なメッセージを。未来の自分に対しても。
そういう思いでできたメッセージが今のもにまるずメッセージ。


やわらかい、は強いこと。


そして名前もシンプルに、もにもにした動物だから、もにまるず。
「もにもに」を普通に使われる擬音語にしようという野望も抱いて。
これが決まったのはたしか2008年の夏のおわり頃。もうすぐ芸術祭です。

この真っ暗な一年、でも野望と希望をもってひたすらに作った一年を経て、やっと芽が出る「もにまるず」。
それが2008年の芸術祭でのこと。
そこから物語は進んで行くのでした。

つづく。


プレゼント用の最後の「100ANIMALS」
2008年3月

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