もにまるずヒストリー13:就職か、進学か、作家活動か。進路のこと。
鷹の台駅からムサビに行く途中には玉川上水という道があります。たくさんの木に囲まれて、舗装されていない土の上を歩く素敵な道です。1年生の頃から歩いていて、嬉しいときも悔しいときもその道を踏みしめてきました。決意した進路のことを先生に報告したいと思いながら玉川上水を歩いていたら偶然にもそこで先生にお会いしました。
挨拶をして世間話もほとんどせずに「俺、作家活動することにしました」と話しはじめました。
「まなぶお兄さんは作れる力はあるから、あとは覚悟すれば大丈夫よ」卒業生でもいろんな生き方している人がいる。技術があれば大丈夫。頑張れ。そう言ってもらえました。両親、先生に相談し、作家活動をやっていくぞと覚悟し、腹から決めた2010年大学4年生。卒業してからの作家活動に向けてのフライングスタートを切りました。
何もわからないけれど、必至に活動をしてきました。2014年現在、大学を卒業して作家活動を初めて4年目になりました。1年目の最初に、これからの3年間の目標を立てました。実に明快、収入の目標です。誰もが気になる所であり、一番大事な所である収入。先に、はっきりと言います。卒業して2年間半もの間、もにまるず事業にかかるお金の全てを自分の活動だけで補うことはできませんでした。段階的にクリアしていきましたが、つまり最初からは事業として自立できていませんでした。それが意外だろうとなんだろうと、これは事実です。
それは計算すれば簡単にわかることでした。材料費・アルバイト費用・家賃・生活費…活動をしていくにあたり様々なお金がかかります。そしてやってみないとわからない予想外のお金もかかるものです。卒業したての自分がどれだけ頑張って作っても必要な収入が得られないことは計算でわかりました。いくら体力の限界まで制作しても、です。大学4年間でさんざん作ってきたので、今の環境で自分一人で作れる限界を知っていました。もう本当に一人での制作数の天井が見えるところまで突き詰めました。現状ではもうこれ以上は無理だ、と言い切れるくらいやりました。ですから2年目、3年目の目標に届くには1年目と同じ方法や体制でいくら頑張っても届かないことが明らかでした。延長線上には無いのです。今の現実と未来の理想の差を埋める試行錯誤こそが卒業してからの3年間でした。
父の会社から投資をしてもらい、私が起業家として活動する。父の協力のもと、もにまるずの活動は始まりました。
もにまる工房を作った話、もにまるず制作スタッフの採用、徐々に増えていく取り扱い店舗、工房の運営方法の試行錯誤、嬉しい出会い…書きたいことはたくさんあります。卒業して見えた景色は、道の無い、真っ白なところでした。すべてが手探りです。日に日に制作時間は増え、8時間、12時間、15時間、多い日は20時間…休日の概念は無くなり、休憩さえもいらなく思えてきて、寝ても覚めても制作のことを考えるようになりました。きっと自分で気がつくことができなかった色々なものを見過ごして、捨ててしまっているかもしれません。もしかしたら誰かを残念な気持ちにさせてしまっているのかもしれない。それも受け入れて、制作のために生きています。作り上げたいものがあるからです。
経験も何も無い自分ができることは全力で行動すること。毎日毎日作って、年間に100冊も200冊もビジネス書を読んで何かヒントになることは無いか必至に探して、ゆっくりでも確実に行動する、それしかありません。
今だって日々の活動で精一杯ですが、当時の気持ちや感情を忘れないように、こうして文章としてまとめておきます。いつどこでイベントしたという情報などはWEBやTwitterを遡って調べればわかりますが、気持ちや感情は流れてどこかにいってしまいます。嬉しいこと、辛いこと、苦しいこと、楽しいこと、夢みたいな出来事、たくさんあります。一年前とは真逆のことを言ったりやったりしていることも多々あります。考えは変わるものですし、変えなければ次に進むことはできません。頭ではわかっていても、感情が邪魔してくることだってたくさんあります。いらない感情と、余計な拘り、今までのやりかたを捨てる、そんな期間でした。今だってそうです。
もっともっと。
こんなもんじゃない。
必ず。絶対に。
気持ちばかり大きくて、もどかしい日々。
「新章もにまるずヒストリー」はただ過去を振り返るのではありません。未来を作るために過去をまとめます。同じような状況の、似たような気持ちの、誰かに向けて。
もにまるずスタートアップのはじまりです。
つづく
もにまるずスタートアップのはじまりです。
つづく
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