2010年5月。初のデザインフェスタ出展が終わり、そこでお声かけ頂き「箱根彫刻の森美術館」での販売が始まり、作家としての第一歩を踏み出しました。
あれだけの出展ブースがある中、こうした出会いがあるのはとても嬉しいことです。
もにまるずヒストリー15:デザインフェスタ初出展
大学を卒業したら本格的に活動をしていくことになるので父と相談し、もにまるずを何かしらの形で権利化しておこうということになりました。
もちろん作品を作ったら著作権が発生するのですが、それ以外の権利化を進めることにしました。
弁理士さんとよく話して相談し、もにまるず全体を権利化できそうなのは「特許」という結論になりました。
デザインでは「意匠登録」をすることがありますが、もにまるずフィギュアを意匠登録するとなると100匹分の登録が必要になります。
また、形が違うものを作ったら追加で登録が必要になってきてしまいます。
もしくは、平面のイラストを登録する場合は「商標登録」もできます。®のやつです。例えば、うさぎのイラストを登録して「®」を付けてマークのようにして権利化することも可能です。
しかし、これも1キャラごとに申請が必要になります。
(この辺のことは勉強不足なので間違っていたらすみません)
このようなことから、非常に難しいけれど、最も大切なもにまるずのコンセプトを権利化することができる「特許」を狙っていくことになりました。
といっても、特許申請の書類は素人にはまっっっっっったく理解できない難解さです。
担当の弁理士さんが素晴らしく理解して下さり、自分でもふわふわしていたコンセプトを明快にしてまとめて下さいました。
もにまるずはキャラクターでありながらも、記号を用いてキャラクターを生み出す「システム」という面があり、それが作品の大事な部分になっています。
※これはとても大切な部分なのでいつの日か、書ける日が来たら書きます。
自分で考えた作品のコンセプトを別の人に「言葉」にしてもらうということは、とても貴重な体験でした。
弁理士さんが書類を作成し特許申請をしました。
しかし、拒絶査定が来ました。
拒絶査定というのは「これは発明ではないですよ」ということです。
弁理士さんが修正をし、再度出しました。
しかし、また拒絶されてしまいました。
もちろん、これにはお金も時間もかかっています。
3回目の申請。
2回も拒絶されたらあきらめてしまうものかもしれませんが、父も弁理士さんもあきらめず、さらに修正をして申請を出して下さいました。
そして3回目の申請でなんと特許査定が出たのです。
「フィギュアシリーズ、フィギュア型枠の製作方法、およびフィギュアシリーズの展示方法」
弁理士さんが言っていましたが、実は特許としてはかなり変わった特許らしいです。
しかし、とにかく登録されたのです!
弁理士さんのプロフェッショナル魂です。
大学1年生で考え、ひたすら作ってきた「もにまるず」。
キャラクターシムテム、作り方、展示の方法、これらが特許として認められたのです。「発明者」になったのです。
ここまで粘ってくれた父と弁理士さんに感謝です。ありがとうございます。
これに続き、「もにまるず」というひらがな表記と、もにまるずロゴ「monimoni ANIMALS」の商標登録も完了してもらいました。
作家活動の「守り」の部分を大学4年生のうちに準備することができました。
いつも周りの人に助けられてもにまるずは進んできました。
ここでは、絶対に自分ではできない部分である「権利化」を助けてもらいました。
大学4年生で学生は終わるけど「もにまるず」はここから始まるんだ、という強い実感がありました。
特許の件は、武蔵野美術大学のwebにも掲載して頂きました。
また、4年生の時にはもにまるずwebのリンクを、視覚伝達デザイン学科のwebにも貼ってもらっていました。(これはすごいこと!)
先生や、研究室の助手さん・教務補助さんはいつももにまるずをとても大切にして下さって嬉しいです。代が変わっても、研究室に置いて下さっていて、ありがとうございます。
武蔵野美術大学のweb
http://www.musabi.ac.jp/news/20100728_koho2_02.html
(※デザフェスの様子を取材して頂きました「産経ニュース」さんのサブカルちゃんねるのリンクは終了しています。)
特許の内容
http://patent.astamuse.com/ja/granted/JP/No/4533962/%E8%A9%B3%E7%B4%B0
次は、なんと、最後の芸術祭のお話です。
もにまるずヒストリー17:2010年10月 最後の芸術祭


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