2017年6月26日月曜日

2011年5月 もにまるずが新しいスタートを切った記念すべきデザインフェスタ

2011年の5月にデザインフェスタに出展した。このデザフェスは3回目の出展で、15種類の販売だった。



もにまるずは、ベーシックな種類が100種類いる。今では様々な色違いや、コラボ商品があるが、100種類がベースとなっている。この100種類の原型自体は学生の頃に完成していたが、販売はしていなかった。

100種類の型を増やす時間もなかったし、お金もなかった。100種類というのは本当に大変だ。全ての作業が100倍でのしかかってくる。パッケージに1箇所の変更を加えると100箇所の変更をすることになる。原型を増やしてシリコン型を作るのに1種類に5時間かかるとしよう。すると500時間もかかる。本当はもっとかかる。シリコン型を作るのに1種類1000円かかるとすると、100種類で10万円もかかる。実際はもっとかかる。お店に納品する商品を作るだけで精一杯な状態で、新作の原型を増やし、シリコン型を増やし、商品を制作するのは困難だった。

100種類を作るなんてバカみたいだと自分でも思っていた。クレイジーだと思っていた。だからこそ、やる価値がある。学生時代からのモットーは「誰にでもできることを、誰もやらないくらいやる」だ。1種類なら誰でもできる。1種類ずつ追加して、結果的に100 種類になるよりも、最初から100種を見せることによる説得力は段違いだ。

展示している原型は、全て石粉粘土という粘土で作られている。やわらかくない。実はこの原型を作っている段階では、やわらかフィギュアにする技術が追いついていない種類もあった。その種類の色が作れなかったり、形状的に無理があったりした。それでも理想の原型を先につくっておいて、技術は後からつけるつもりだった。最終的には技術が追いついて100種全てをやわらかフィギュア化することに成功するのだが、それは2年後の2013年の話。

デザンフェスタの話に戻る。大学4年生の時に出展した1回目の時は、一人で3ヶ月かけて準備して6種600個を販売し、完売した。2回目も4年生の11月で芸術祭、卒業制作の提出、デザインフェスタが立て続けだったこともあり、4種程度で300個程度だったかもしれない。一応書いておくけれど、もにまるずも全力だったけど、芸術祭も、学校の課題も卒業制作も全力で取り組んでいた。

毎回、体力ギリギリで制作をしていて、大学を卒業して初めての2011年5月のデザインフェスタも満身創痍で出展した。1期生のスタッフと作った商品たちと、限定の光るシロクマを販売した。ぼんやり光る蓄光もにまるずだ。あとは、ゲームセンターのプライズ商品のお話を学生の頃にいただいていて、その初回品を販売させていただいた。トートやTシャツ、缶バッジも作った。

全力のデザインフェスタだったが、正直に言うとデザインフェスタの様子はあまり覚えていない。当日の朝まで制作をして、気合いでビッグサイトまで運転して行っているから、当日の自分は使い物にならない。頑張って売り子をするけれど、体力がまったく足りない。そんなだから、この3回目のデザインフェスタから、後輩に売り子をお願いすることにした。今も続いている「もにスタッフの売り子」スタイルができたのは2011年のこの時から。正確には、この時は1期生のお手伝い期間が終わっていて、2期生が入る前だから、もにまるず制作スタッフではなくて大学の後輩であり、予備校講師をしていたときの教え子だった後輩にお願いした。

1日目が終わったら、工房に戻って少しでも追加分を作って、翌日に持っていく。せっかく買いに来てくれた方々を残念な気持ちにはさせたくない。それでも作る限界があって、このデザインフェスタもほぼ完売だった気がする。完売は嬉しいけど、悔しいことでもある。
二日目の撤収作業を終えたとき、暑さと疲労で目の前が真っ白になって、ベンチで横になって、動けなくなったのを覚えている。帰りの運転は一緒にいる仲間にしてもらい、美味しい焼肉を食べて元気になった。それだけはよく覚えている。

こんなに細かく書いてきたが、この3回目のデザインフェスタは、ただ疲れて倒れて、焼肉を食べて元気になった話ではない。このデザインフェスタは、今に至るまでの日々が始まったと言える記念すべきデザインフェスタだった。

このデザインフェスタが終わった数日後に、有名な玩具店の上野のヤマシロヤさんからご連絡をいただき、イベント販売が決まった。高校生からの憧れのお店だ。さらに、天下の東京タワーさんとのコラボのお話をいただいた。

今考えると、玩具店での販売や企業キャラクターとのコラボという、今の活動の大きな二つの方向性の始まりだった。

大学を卒業して1ヶ月目にして、強い追い風が吹いた。大学の芸術祭から始まった「もにまるず」は、デザインフェスタで新しいスタートを切った。

大学を卒業してすぐにクリエイター活動だけで生きていくのは不安だらけだ。生活の全てをかけて作っていた。何かいいことが起こってくださいと祈るような日々と、そういう結果がでるように全力で作る日々。もにまるずは、もっともっとすごいんだ、可能性があるんだ、という自信と、焦る気持ち。

真っさらで何もない目の前の景色に、道が見えてきた瞬間だった。

この時の嬉しさは忘れない。

0 件のコメント:

コメントを投稿