2017年6月30日金曜日

大好きな雑誌「Zipper」と、もにまるずの話

Zipper(ジッパー)という原宿系の10代から20代前半の女性向けの雑誌がある。もにまる工房にはいつも普通に置いてあるZipperだが、いまのスタッフでもその重要性を知っている人は数人しかいない。Zipperが、もにまる工房にとっていかに大切な雑誌かということを書きたいと思う。いままでの流れから時系列が少し先の話も出てきてしまうが、本当に大切なことだから、いま書きたいから、書くことにする。



2011年から2017年現在に至るまで、Zipperを毎号買っている。こんなに欠かさずに買っている雑誌は他にはない。
Zipperを読むようになったきっかけは、2011年にKERA(ケラ)という雑誌に、もにまるずをプレゼント企画に載せてもらったことから始まる。
KERAも系統が違うものの原宿系の雑誌だ。わかりやすくざっくりいうとZipperは「きゃりーぱみゅぱみゅ」さんで、KERAは「ロリータファッション」だ。

当時の2期生スタッフ(男性)に、もにまるずがKERAに載った雑誌を見せたら、ZipperやFRUiTS(フルーツ)という雑誌を教えてくれた。そのスタッフはストリートや原宿系のカルチャーの中で生きている人で、スナップを見ていると「あ、これ友達だ!」とか「今回のZipper、実は俺が載ってる」とかそういう人だった。
まだ、きゃりーぱみゅぱみゅさんがスナップ写真に載ったりしていた時代だ。次第に大きな紙面に登場するようになり、CDを出し、表紙のカバーガールになる様子をずっと見ていた。CDも全部買っていた。
今のZipperは季刊なので3ヶ月に1冊だけど、当時は毎月出ていた。そのスタッフと一ヶ月ごとに交代でZipperを買って、いつもお昼休みに一緒に読んでいた。2011年の前半は、原宿に詳しい彼と二人でもにまるずを作っていた。

2011年の後半に入ってくる3期生もにスタッフにも原宿好きの女性スタッフがいて、Zipper仲間が増えた。そのスタッフの影響で、次第にZipperのモデル「AYAMO」さんが気になり始めた。「AMO」さんと「AYAMO」さんの二人で「AMOYAMO」という名前でほとんどのページに二人が載っていた。2017年の今でいう双子のmimさんmamさんの「mimmam」さんたちのように。すごくマニアックな内容で申し訳ないが、Zipperへの愛がすごいから許してほしい。
ちなみに、mimmamさんはデザフェスに来てくれて、もにまるずを買ってくれた。急にブースに現れたmimmamさんを見たときは頭が真っ白になった。

男なのにZipperを好きなのが不思議なのだが、あの奇抜な色合いや、モデルさんたちがそれぞれのスタイルを持っているところが好きだ。ひとくちに原宿系といっても様々なジャンルがある。ふんわりしている人もいるし、ビビッドな人もいるし、お姫様みたいな人もいるし、ストリートな人もいる。その多様性があるなかで、時代に合わせて雰囲気が変わりながらも雑誌としてのビジョンがあって、そんなところに憧れていた。もにまるずも、いろんな雰囲気の作品をつくっているけれど全部「もにまるず」だ。

2013年ころから2015年にかけて、もにまるずは色違いの限定品を出すことが多くなった。そのときの色合いの参考としてZipperを見て配色を決めていた。今回は「AMOちゃんっぽい紫でいこう」とか「瀬戸ちゃんっぽいビビッドな色にしたい」とか、そういう会話で成り立っていた。いまでも「AMOパープル」と「AYAMOグレー」という色のボトルが残っている。
キデイランド限定「ネオンピンクうさぎ」や原宿店限定だった「夏のネオンカラーうさぎ」はもろにZipperの影響だ。




2012年には、AMOYAMOのトークショーを見に行くために、仕事を切り上げて女性スタッフと原宿に行ったこともある。
その急いでいる道中で「TOKYO GRAFFITI」という東京の若者カルチャー雑誌に取材され、なんと掲載されたというミラクルも起きた。かつての伝説のスナップポイントといわれた「GAP前」だ。今でいうギラギラの鏡張りの「東急プラザ前」のことだ。
スナップ待ちのオシャレさんたちがGAP前にたまり、自分も高校生だった頃にはGAP前を歩くときは服装と髪型を直して、スカした顔でソワソワしながら歩いたこともあった。その旧GAP前だ。高校生の頃にスナップされたことは一度もない。
その取材はファッションスナップではなく「いままでの人生で一番うれしかったことは?」という質問に対して「自分のキャラクターがゲームセンターに並んだこと」と書いたホワイトボードを書いて、写真を撮られた。成り行きで、なぜかスタッフと一緒に雑誌デビューした思い出だ。

話が少しそれたが、2013年にラフォーレ原宿で開催されたZipperの20周年記念イベントにも行った。そこで瀬戸さんや、YURAさん、きゃりーぱみゅぱみゅさんを生で見ることができた。思っている以上に顔が小さい。まわりにいるのは十代の女の子たち。ものすごい黄色い声が上がっていた。さらにゲストで「でんぱ組」がライブをしてくれた。最高の日だった。

これも2013年、さらにZipper好きが高じすぎて、一緒にもにまるずを経営している森川さんの人脈で、Zipper編集部にご挨拶に行ったことがある。特別すぐに仕事に繋がるような話もなく、どれほどZipperが好きかを語った。そしてもにまるずを30個ほど持って行っていたので、モデルさんたちにぜひ配ってくださいと言ってお預けしてきた。

最後に編集部の方が、付録や出版している本などを何かお土産にくれようとしたのだが、ことごとく持っていて、もらえるものが無くてお互いに笑った。

このとき、自分の好きなものをつくって、好きなひとや好きなことに近づけるという喜びを知った。

この話は、ここでは終わらない。

大好きなAYAMOさんがブログで、もにまるずを紹介してくれた。
https://watabemanabu.blogspot.jp/2013/04/ayamo.html

このときのことは、当時のブログの温度のほうがリアルなのでぜひ読んでいただきたい。

そして現在のコラボラッシュの流れが生まれたきっかけとなる、AYAMOさんとのコラボもにまるずが生まれることになるが、それはもう少し先の2014 年の話。

尋常じゃないくらい「好き好き」言っていると、まわりの方々の力で夢のようなことが起きる。
頑張っていると、誰かが必ず見てくれている。ただ思っているだけではなく、行動して、発信する。
そうすると夢が現実になる。そのときの嬉しさと、快感と、夢のような気持ちは、活動をしているご褒美のようなものだ。

これだから、つくることは最高なんだ。

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