2013年1月6日日曜日

もにまるずヒストリー8:2009年10月 3度目の芸術祭!!

2009年7月。もにまるずはついにニューヨークへ行きました。

帰ってきたらもう夏休み。夏が終わればあっと言う間に芸術祭。
必死に作りました。さらにもにまるずのリメイクをしたり、新作の木製玩具の制作です。

なぜ木製玩具かというと、2年生で積み木をつくる授業があり、そこで木製玩具に大ハマり。naefというスイスの玩具メーカーを知り、憧れて憧れて自分でも作りたくなったのです。
木工はできないので図面を描いて知り合いの木工職人さんにお願いして制作しました。

芸術祭の準備とは別に、この時期からもにまるずの委託販売も始めていました。
いつも行っている美容院さん、埼玉の名栗にある旅館内のショップ、ハンドメイド雑貨のweb通販のサイトさんなどです。

委託や通販などを始めた理由は、今回の芸術祭の展示では販売ができないので、芸術祭で見た方がもにまるずを買える状況を作っておきたかったからです。

前置きはこんなところにして、さあ、やってきました芸術祭2009!


3度目のもにまるず!
21歳、渡部学。
全力です。
卒業制作並の作品を作るつもりでやりました。

こちらが展示風景!
展示名は「MANABU TOY」
渡部学のおもちゃ展です!




もにまるず 2009

あの「100ANIMALS」はここまで育ちました


木製玩具シリーズ




全力で作りました。今までの全てを出し切って。

今回の芸術祭の目的はなるべくたくさんの人に作品を見てもらうこと。
たくさんの人に作品を「いい!」と思ってもらうこと。
そして気に入ってもらえたら芸術祭の展示大賞を決めるムサビエンナーレに投票してもらうこと。

とにかく入賞したくてしたくて。
一年生のときからの憧れの賞です。

過去の受賞はほぼグループ展なんだよ、と友人から聞きました。
やはり展示の規模が違うし人数が多いほうが投票が有利だからだそうです。

でも負けるわけにはいかない。そのために色々考えていきました。
展示場所、最も人が通る場所、12号館1階ロビー。
この場所を選んだ理由は、学校の中心的な位置にあること。
また、初めてムサビに来た人の場合、どこに入ったらいいかわからくて結局たどり着いてしまう場所なのです。初めて見る作品が「MANABU TOY」になるという算段です。

それだけじゃダメ。
作品の良さをしっかり伝えないと。

どんな組織票よりも来場者さんをたくさん見方に付ければ勝てる。

そのために4日間、展示場所にずっといました。
この年はムサビ何周年とかで4日間の芸術祭でした。

来場者さんに説明をしました。もにまるずの説明、木製玩具のパフォーマンス。

置くだけじゃ展示じゃない。伝わらなければ意味がない。
言葉で説明するのは野暮でも、伝わらない作品は意味がない。
楽しい作品なんだから、楽しんでもらう。
だから説明をしました。パフォーマンスをしました。


それはすごくお腹減るし疲れます。
でも、そのかいあってたくさんの、本当にたくさんの方に見てもらえて、たくさんのコメントを頂きました。

この時から、卒業制作や、今のデザフェスでもやっている「声をかけて、作品を体験してもらう」という手法を確立したのでした。

たくさんの人!!嬉しい!!

4日間、ひたすらプレゼンテーション。
ひたすら。

投票はボードにシールを貼る形式なので、「おにいさん!めっちゃすごいですね!」って言ってもらったら「ありがとうございます!ぜひあそこのボードにそのシール貼っちゃって下さい!全部貼ってもいいっすよ〜(笑)」ってな感じで地道に促す。

たまっていくシール。順調。

最終日、芸術祭執行部の友人から「まなぶ、結構きてるっぽい」

まじか!!(実は結構良い線いってると思ってた)

17:00 投票が閉め切られる時間。

入賞者には電話が来るシステムなのです。
2年生の時もドキドキしてたけど、もちろん電話はきませんでした。


ドキドキドキ…。いてもたってもいられません。

でも、できることは全部やった。
作った。
伝えた。

数か月前から受賞のイメトレもやってる。(ガチで)
受賞のイメトレで泣いた。(本当に)





17:15頃、、電話が鳴った!!!









「渡部さんですか?入賞しました!おめでとうございます!!第五会議室にお越し下さい!」


きたーーーーーーーーー!!!!!!

急いで第五会議室へ。
すました顔して授賞式の説明を受ける。部屋をでる。


そっこーで家族、友人に電話!

「とったーーー!!授賞式きて!!!!!!!!!!!」

授賞式。
一度帰った家族がもう一度、一時間かけてムサビに戻って来てくれました。
同級生が集まってきてくれました。

授賞式、めちゃくちゃ寒かったのに、ありがとう。

今年の投票は三部門ありました。
おもしろい!と思ったら「おもしろい賞」に投票
かっこいい!と思ったら「かっこいい賞」に投票
最高だぜ!と思ったら「最高賞」に投票

運命の結果発表。

おもしろい賞 第1位「MANABU TOY」
かっこいい賞 第3位「MANABU TOY」(うろ覚え、たしか3位か2位)
最高賞    第1位「MANABU TOY」

そして、総合第1位 「MANABU TOY」

ついにやったのです。

あの「100 ANIMALS」から2年。
ムサビ芸術祭の1位になったのです。

感無量。

やったね!

搬出の前に友人たちと一緒に撮った写真。
ガラスのトロフィー、賞状、賞品、花束。

みんなfacebookやってない人ばかりなので顔は消しておきますね


みんなが「トロフィー汚せ〜」って手でベタベタさわってきて指紋ベタベタ。でも拭かないで今もそのままベタベタの状態で大切にしまってあります。



おつかれさん


休むヒマもなく、晴れて全国の美大が集まる選抜展「The Six」に出展できることになったのです。

つづく




おまけ
芸術祭の早朝
そうじの職員さん







2013年1月5日土曜日

もにまるずヒストリー7:もにまるずニューヨークに行く

ヒストリー6は熱かったので少し冷ましましょう。
もにまるずヒストリー6:グループ活動から個人へ。そして芸術祭に決着を

ひとりでしっかりと納得のいくものをつくろうと決めた大学三年生。

良い知らせがGift Of Somebodyから。
2009年7月、ニューヨークでグループ展示ができるとのこと。

その話を決めてきたのはグループの主宰の岩井くん。謎なくらい顔が広いし、めちゃフットワーク軽い。熱い男。

まじか!ニューヨークか!海外だ!そりゃやべえな!海外となりゃ話は別!なにがなんでも参加っしょ!
すかさず参加表明。

準備は一ヶ月ほどでした。やばい。
芸祭で展示したもにまるずは、早くも手直ししたくなっていて、このままでは出せない。
2年生の自分、ぜんぜんダメ!何が完成しただよ、このクオリティで。
直そう!

ということでパッケージやディスプレイの方法を再検討しました。
今やっておけば10月の芸術祭のためにもなるし、という考え。
もちろん自分もニューヨークへ行く!(初海外)
急いでパスポートを発行。

さあ、リメイクだ!

パッケージを100種をリメイク!(もちろん手作業)


もにまるず100種も塗り直し!

ずらっ
ディスプレイケースをアクリルで作ろう!
ニューヨークでの販売用フィギュア!


さぁ、手直しはできた!
残り一週間、さあ送ろう!

とは、簡単にいきませんでした。
海外にデカいものを送るのがめちゃくちゃ苦労しました。




小さいものならわりと簡単です。デカいと梱包から大変です。飛行機に乗せるとどれだけ雑に扱われるかわかりません。日本の宅配はとても丁寧なほうだと思います。
ヤマトの美術便だと超お金かかるから、普通便で。でもデカいから受け付けない所もあるんですね。書類もめんどい!ぜんぶ英語!

一週間だから時間ない!
ギリギリまで作ってた自分が悪いけど。
電話やネットでやっと送れる所を見つけて、書類も揃えた。おっけー!

一応、集荷のお兄さんに確認
渡部「このサイズ海外に行けますよね?測ってください!」

集荷のお兄さん「いや、はい、大丈夫です!お預かりします!」

渡部「いやいや、測ったほうがいいですよ。」

集荷のお兄さん「いえ、これなら大丈夫です!」

渡部「まじか!やったー!」

次の日。
ピンポーン。

なんか、すごく嫌な予感。

集荷のお兄さん「すみません、これウチでは送れなかったです…。」

声にならない気持ち。焦り。怒り。

渡部「いやだから昨日測って下さいって言ったじゃないすか(笑)はい、もういいっす。はい。」

後で一人で全力で怒りました。やばい…。
でも怒っていても荷物はニューヨークに届かない。

さらに違う会社を探します。
ヤマトさんに電話してもできないと言われ…でも電話対応の担当さんが親身に相談に乗ってくれて海外発送できそうな他社さんを紹介してくれました。涙。
最終的にはフェデックスになりました。

書類オッケー!
でもベビーパウダーを送るだけでも薬品用のわけわからん書類が必要でした。
とにかく、めんどい!

でも、できた!
送れた!
これで晴れてニューヨークへ行ける!

さあ、もにまるず、行ってきましたニューヨーク!!


アメリカー!


展示させていただいたのは、ニューヨークのブルックリン。
ヲウチギャラリーさんという所です。



じゃーん!もにまるずin ニューヨーク!


泊まったホテル
夜こそニューヨーク

ニューヨーカーは果物をむしゃむしゃしながら歩いていました

展示自体はこじんまりした感じだったのですが、海外に作品を展示できた事は貴重な体験でした。
何よりも海外にデカい作品を送るのは超大変です!
厳重に厳重に梱包したのですが、ニューヨークで開封したらアクリルケースが結構壊れていました。現場で直しました。
海外輸送こわい。
ほんと、良い経験でした。



次はついに大学3年生の芸術祭、全力で作りたいものを作り、全力で展示したお話です。

つづく






もにまるずヒストリー6:グループ活動から個人へ。そして芸術祭に決着を

学生アートグループ「Gift Of Somebody」と出会い、最高の展示ができた2008年12月。
もにまるずヒストリー5:学生アートグループGift Of Somebody との出会い

それから2009年1月、2月、3月、Gift Of Somebodyは激動の日々でした。
ライブハウスでのコラボイベント2連チャン。そのときはフライヤーをデザインさせてもらったり、友達とGift Of Somebodyのロゴデザインをやったり。
その後はみんなでフリーペーパーを作ったり。フリーペーパーではデザインリーダーみたいなことをやらせてもらいました。激務でしたが楽しかったです。毎日夜中も朝方もメールが飛び交う。みんな夢であふれていました。
真剣だったからこそ、展示方法をもっとこうしようとかフリーペーパーをもっとレベル上げようとかオブラートに包まずガンガン言っていました。
置くだけじゃ展示じゃないよ!はっきり言ってぜんぜんダメ、みたいな。今考えると、申し訳ないくらいトゲトゲしく言っていたと思います。自分の力の無さもあるのにね。
ちゃんと受け止めてくれた運営メンバーのみんなは優しい。ありがとう。

2009年1月26日
「Parallel Box1」@渋谷aube
渋谷に進出もにまるず
うさぎTシャツやカバのTシャツも作りました

2009年3月18日「Parallel Box2」@渋谷Plug




2年生の春休みはGift Of Somebodyと共に活動しました。
でも、もともと一人で作ることが基本なので3ヶ月も人と一緒に作っていると、もちろん自分のものはなかなか作れないし、毎回イベントに出るのも大変で少し疲れてしまったのです。ライブハウスで販売する用にTシャツをデザインしたり、イベントフライヤーを作ったり、フリーペーパーを作ったり、みんなで作るのは楽しいけど、もっと一人で突き詰めて作りたいものが出てきてしまいました。
そこで一旦グループの第一線で活動するのはやめさせてもらったのです。
グループを抜けたわけではなく、中心から外れたという感じです。
とても熱く、楽しく、濃い3ヶ月でした。忘れません。

2009年4月。
春休みが終わり大学三年生になりました。
今までを振り返りました。

大学一年生の芸術祭は失敗したけど一人で展示をした。
大学二年生の芸術祭はグループ展だった。春休みはGift Of Somebodyでみんなと燃えた。
さて、大学三年生、もう一度、一人で頑張るときじゃないか?
と思ったのです。

一年生の芸術祭は最低だった。本当に力が無かった。
でも憧れていた、ムサビエンナーレ。
現在では展示大賞と言われているものです。
それは芸術祭の展示の一位を投票で決めるもの。雲の上の存在でした。
二年生でもその賞に手は届くはずもなかった。もにまるずの完成で精一杯だったからです。

さて、三年生、作りたいものはたくさんある。今なら作り方もわかる。
もにまるずの他に、木製玩具を作りたい。
もにまるず も、もっとパワーアップさせたい。

一年生の時の、あの悔しさは忘れていない。
当時の大失敗を引きずってしまい、どんな作品でも展示する前はいつも怖くて怖くてしょうがなかったのでした。
間に合わなかったらどうしよう。自分の作品のクオリティが低いんじゃないか。
尋常じゃない恐怖がいつもつきまとっていました。

全てを注ぎ込んで一年生の時の自分に決着をつけようと決めたのでした。

今なら作れる。一年のときよりもずっと、作れるようになった。

狙おう決めました。

ムサビ芸術祭の、憧れのムサビエンナーレをとろう。
やりたいことを芸術祭でもう一度全部出し切ろう。
全力のぶっちぎりの作品。
卒業制作並の展示にしてやろう。
めちゃくちゃ楽しんで作ろう。
めちゃくちゃ楽しいものを作ろう。
そして芸術祭の上位3組が出展できる全国選抜展THE SIXに出よう。

かたく、決めたのでした。

つづく
もにまるずヒストリー7:もにまるずニューヨークに行く


もにまるずヒストリー5:学生アートグループGift Of Somebody との出会い

大失敗の2007年大学一年生の「100 ANIMALS」を一年かけてリメイクし、やっと見せられるカタチにして展示した2008年「もにまるず」。
もにまるずヒストリー4:2008年11月 芸術祭!「もにまるず」登場!

その芸術祭3日目の最後、2人の男子大学生がやってきて、展示をじっくり見てふたりで何やら話しています。
どちらかというとコソコソ話してる感じでした。
「これ…いいよね」「うんうん」みたいな。

その2人が話しかけてきました。名刺を出しつつ。
お、これ何か来たんじゃね?と期待する私。しかし、平然を装う顔。

「僕らGift Of Somebodyという学生アートグループをやっています。こんど原宿で学生を集めて展示をします!学生でこんなふうに商品を作ってお店みたいにしているなんてすごい!ぜひ出展して頂けたらと思っています!」
と、熱い2人組。

ほんとはもっと熱くたくさん語ってくれたのですが。
とにかく、展示を見て感動したという事を熱く語ってくれました。
みんなでこういう展示がしたい、やりたいことを全部やっている、と言ってくれたのです。

彼らは横浜市立大学の有志で学生アートグループ「Gift Of Somebody」を立ち上げ、「いい!」と思ったものを世の中に発信して行こうという熱い想いを持った人たちでした。
ムサビ、タマビ、芸大の芸術祭に行き、展示してくれる学生をスカウトしていたのです。
後で知ったのですが、各美大の芸祭の他にもさらにmixiでメッセージを送って学生をスカウトしていたのです。すごい行動力。

ほんとに熱く、何度も「ぜひ出展してください!」と言ってくれました。
でも芸祭の時間も残りわずかになってしまっていたので「また連絡します!」と、彼らはさらなるスカウトをするべく帰っていきました。

嬉しい、けどよくわかんない!でも嬉しい!という気持ちでいっぱいでした。

メールでやりとりした後、渋谷の公民館で説明会が開かれ出展者の顔合わせ。
2008年12月20〜26日 原宿デザインフェスタギャラリーにてGift Of Somebodyの記念すべき第一回展示「Birth」が開催されることになりました。

もにまるずがムサビの外に飛び出した瞬間でした。

Gift Of Somebody「Birth」の様子はこちら!

もにまるず100種類&うさぎTシャツ
もにまるず
よーく見ると600円になっている。芸祭では500円だったのに。




この展示は運営メンバーが何ヶ月もかけて構想し、作り上げてきた展示です。
展示方法、フライヤー、キャプション、プライスカード、全てに想いがこもっていました。温かい展示でした。今思い起こしても良い展示です。

ここでも、たくさんのもにまるずを連れて帰って頂くことができました。
嬉しかったのは、なんと芸術祭で買って下さった方が原宿にもいらっしゃったということ。リピーターです。
しかも職場の同僚にもあげるからと2日連続で買いに来てくださって!あれは嬉しかったなぁ。

Gift Of Somebodyとの出会いはとても大きなものでした。
学校の外で作品を見てもらうきかっけを作ってくれました。
彼らは作品を心から気に入ってくれて応援してくれました。

展示した仲間たちも最高で、今でもたまに会っては熱く語っています。

Gift Of Somebody、最高の思い出です。
Gift Of Somebody ウェブサイト

つづく
もにまるずヒストリー6:グループ活動から個人へ。そして芸術祭に決着を

2012年12月31日月曜日

2012年 有言不実行。突然、実行


2012年は有言不実行な年でした。
やるやる言っといて、とにかくやらない。

バスケもっとやるとかガンプラつくろうとか言ってやらない、そんなのはかわいいもので、もにまるずの原型100種リメイク全部終わらせるとか、卒制の作品をリメイクするとか、活動の核となるような事までやるやる言っといて、まぁ、やらない。
ほんとやらない。

私の周りで一緒に活動している人や、もにまるずスタッフなら言っている意味がよくわかると思います。
やるやる言って結局、やらない。

でも気にしない。(気にしろ)

そのかわりメインの活動にあまり関係ない何かを突然に作り始めたりはするんですね。
ほんと急に作り始める。

その代表例が「HUMUP」という作品。


2012年の夏、寝る直前に急に浮かんで来てスケッチして、速攻でキーホルダー・Tシャツなどの商品を作ってみたのです。そこまでは良い。9月中にWEBショップ作ります〜!とか言って、まぁやらない。
でもさすがにこれは有言不実行すぎるな〜と思って、つい最近「HUMUP WEB SHOP」を開設しました。
ぎりぎり2012年のうちに作ったから許してください。
HUMUP WEB SHOP


急に作ったと言えばフジスのキャラ「カスくん(メタス)」とか
詳細は過去の記事



マミイの芸祭限定フィギュアとか
詳細は過去の記事


2011〜2012年は下ネタをモチーフにした「Shimoneta Graphics」を作っていましたね。(http://r18-watabemanabu.tumblr.com/)

美大の女子の皆様はみんな優しいから笑顔でシモグラ冊子を受け取ってくれたものでした。
そして2012年の新年早々にシモグラ年賀状を送りつけて僕は満足し、シモグラはほぼ停滞しました。



こう考えると、熱しやすく冷めやすい2012年でしたね。
よく「ひとりっこ?」とか「B型?」とか言われるのはこういう性格だからでしょう。(4人兄弟のO型です)

急に真面目な話をすると今年の自分の「もにまるず」の制作・活動・リメイクとかもに工房の運営とかを評価すると65点くらい。まだまだ、ぜんぜん。
やりたいことはもっとある。体力がついてこない部分が大きい。でもそれは言い訳。

ま、余計なもの作ってるから当然ですね!
でも楽しかったからトータルで100点満点!(てきとー)

なんで、もにまるず以外の作品を突然に作り始めるのか、なんでテイストが真逆というくらい違うのか、というあたりの真面目な事はこんどブログにアップしようと思います。(とか言って結局やらなそう)

話を戻すと2012年は有言不実行って事でした。
ちゃんとやったこともあるけど、たくさんのやらなかったこともある。
それでいい。

自分よりも2012年のもっと有言不実行があるから。
マヤの2012年12月人類滅亡説!

それにくらべればマシでしょう!ね!

では、テキトーなブログも書き納め。
よいお年を〜〜!!

渡部学

2012年12月30日日曜日

もにまるずヒストリー4:2008年11月 芸術祭!「もにまるず」登場!


2007年芸術祭で作った自主制作「100ANIMALS」。
リベンジを誓い、一年かけてリメイクし、2008年芸術祭で誕生した「もにまるず-moni moni ANIMALS-」。

リメイクの話はこちら

これが2008年芸術祭「もにまるず」!




この時の展示は文化女子大学の2人の友人とのグループ展でした。
もちろん、もにまるずは1人で作りました。
かわいいものをテーマに展示販売し、ショップをイメージして展示。

そこで初めてもにまるずを販売することに。
販売したのは10種類ほど。値段は350円。なんせ初めての販売ですから、いくらで売ったらいいのかぜんぜんわかりませんでした。


芸術祭がスタートしドキドキしていると、すぐに三人組の学生のお母さんらしきグループが入ってきました。
その時の反応はもう覚えていないのですが、その中の一人の方がブタを買って行って下さいました。
初めて、もにまるずが買ってもらえた瞬間!
嬉しかった!!

もちろん自分では良いものと思って作っているけど、それをお金を出して買っていただけるのは全く別のこと。
作品が売れる、これは作家にとって大きな一歩です。

すると、ぼちぼち売れるではありませんか!あれ?売れる!?やばい無くなる!
ちょっと400円にしよう…。あれ、売れるな、作り足しても無くなる、450円に…。
そして芸術祭3日間で350円スタートのもにまるずは、最終的に500円になりました。3日で100個以上!ほぼ完売!

同級生やお知り合い、憧れの先輩にも見てもらったり、買ってもらって、コメントもらったりして充実という言葉では表せない充実感。

暗黒の一年が報われたのですから。

学年担当助手のハヤセさんが作品を見て一言「すげぇな…」。これがめちゃくちゃ嬉しくて今でも鮮明に覚えてます。
何気ない一言の力。

良いと思った作品にはたとえ一言でも「良い」とか「好き」という気持ちを伝えることの大切さを実感。目上の方の一言は大きいですね。

この展示ではもにまるずの他に、うさぎ柄のシルクスクリーン印刷のTシャツ、課題でつくった物語の本も販売しました。
フィギュア、Tシャツ、本、そしてショップ風に展示。二年生なりのクオリティですが当時やりたかったことをやりきれた芸術祭。
なりよりも、もにまるずが完成したこと、たくさんの人に見てもらえたこと、買ってもらえたこと、一年の下準備をかけたからこその大きな大きな収穫でした。

やりきった〜!と思いました。

満足。

しかし、さらなる幸運が。
芸術祭3日目の最後の最後、2人組の大学生が声をかけてきました。

「こんど原宿で学生を集めて展示をします!学生でこんなふうに商品を作ってお店みたいにしているなんてすごい!ぜひ出展して頂けたらと思っています!」
と、熱い2人組。

これをきかっけに学外展示、さらにはニューヨークでの展示につながっていく、学生アートグループ「Gift Of Somebody」との出会いでした。

次回は学外に飛び出していく「もにまるず」のお話です。


おまけ
展示風景はこちら。

Uが逆(笑)

試着室とかつくったり

うさぎTシャツ〜

つづく

もにまるずヒストリー3:2007〜2008年 100ANIMALSリメイク作戦


2007年芸術祭(大学一年)で初出展したもにまるずの前身「100ANIMALS」。
詳しくは過去の記事をご覧下さいませ


作品としては大失敗の展示だったものの多くを学び、2007年芸術祭が終わったらすぐに2008年芸術祭にむけ、一年かけて「100ANIMALS」のリメイクを始めました。
まず100匹である必要性から考えなおし、キャラの選定、フィギュアの原型、イラスト、パッケージ、展示方法、キャッチコピー、全てです。

原型のベースとうさぎのパーツ
もちろんうさぎが第一号

この時、19歳なりに細かく深く考えたつもりです。10年や20年、もっと永く親しんでもらえるキャラクターにしようといくつかの仕組み・仕掛けを埋め込んだりして。
この時に考えたキャラクターの仕組みは後の特許取得に繋がりました。

なぜもにまるずの動物キャラクターには個々の名前がないのか、なぜメジャーな動物がいなかったりするのか。たいしたことはないけれど、いくつかの見えない仕掛けを施して。
でもそれが効果を発揮するのはいつ到来するかもわからないずっと先、本当に有名になってからの話で、今でもその効果が発揮されていません(笑)

いつ日の目を見るかもわからないのに、そんな保証などどこにもないのに、大きな野望を抱きながら作っていました。
ぜったいにすごいの作ろうと意気込んでいました。

それは、しんどい。

思っていることばかりデカいから。
毎日毎日、学校から帰ったらイラレ、イラレ、イラレ、粘土、粘土、粘土。ひたすらイラレデータと原型を作ります。
このリメイク期間から、物置きになっていた部屋を作業場にしていたのですが、その部屋に入った途端に蕁麻疹が出るほど正直しんどかったです。あんまりしんどいとか言わないタイプですが(疲れた〜は言うけど)これはしんどい。蕁麻疹とか物理的にもしんどい。



ひたすら作る。楽しいから作るとかを越えて、ただ作る、リメイクして芸術祭に展示するために。

動機の殆どが悔しさ。
動機はなんでもいい、とにかく作れば。
作らなきゃ作家じゃない。
まさにTHE 体育会系。超余談ですが、この時が体力のピーク、握力73kg。無駄。

根性で作っていました。いや今も。




作っているのはほとんど誰も知らない作品であり、完成しても誰が見るかもわからないという不安。
その時期に個人的につらいこともあったりしてかなり暗黒時代。
そんなこともあって、強くなりたいと思ったんです。
ただかわいいだけじゃなくてメッセージを込めよう、大切なメッセージを。未来の自分に対しても。
そういう思いでできたメッセージが今のもにまるずメッセージ。


やわらかい、は強いこと。


そして名前もシンプルに、もにもにした動物だから、もにまるず。
「もにもに」を普通に使われる擬音語にしようという野望も抱いて。
これが決まったのはたしか2008年の夏のおわり頃。もうすぐ芸術祭です。

この真っ暗な一年、でも野望と希望をもってひたすらに作った一年を経て、やっと芽が出る「もにまるず」。
それが2008年の芸術祭でのこと。
そこから物語は進んで行くのでした。

つづく。


プレゼント用の最後の「100ANIMALS」
2008年3月