芸術祭で出会った大人たちメンバーと結成された「チームもにまるず」。
このメンバーとデザインフェスタに初出展し、もにまるずはすこしずつ成長して行くことになります。
でもその前にちょっと、進路の話です。
この時、2011年3月。大学3年生。もうすぐ4年生という時です。
悩みました。
就職、大学院への進学、作家活動。この3つ。
就職するならおもちゃメーカーに入りたい。大手メーカーに勤めているOB訪問もしました。
大学院に行くならば、玩具の研究と制作をしたい。木製玩具を作りたいし、木製玩具の本場のドイツやスイスにも行きたい。
作家活動をするなら、出会った仲間たちと「もにまるず」をもっと発展させていきたい。その他の作品も作っていきたい。
実は芸術祭でお会いした方から「ドイツで木製玩具を作る気はありませんか?知り合いを紹介しますよ。」というお話を頂きました。(これ、ブログにて初公開。そういえば誰にも言ってなかったです)
でも芸術祭をやっている時は自分はおもちゃメーカーに行くと思っていたので、そう伝えました。
すると、その方は「メーカーに入っても、その感性が無くならないように、大切にして下さいね」と言ってくださいました。
その声と表情は、なぜか今でも忘れられません。
こういうこともあったし、素晴らしい新しい出会いもあった。
とにかく、悩みました。
就職、大学院、作家活動。
就活はしていたものの、心は少しずつ作家活動に向いていました。
作家活動への決意をした決定的な出来事は、唯一エントリーしていた会社の説明会での事でした。
そこで、ある社員さんがこういう話をして下さいました。
「私は大学を卒業してすぐにここに入社したわけではありません。卒業して音楽をやっていました。その後プロボクサーになりました。その後、会社に入り経理の仕事をし、今のこの会社に入りました。人生には色々な道があります。」
この言葉を聞いて、えらく感動しました。
今の自分にぴったりの言葉。そして会社説明会で、あえてそれを言うということ自体に。
ここで、決意しました。
はい!これにて就活は終了!!
もにまるずを作ろう!!
説明会の終了後、色々な部署の方に質問できるフリータイムになり就活生が熱心に質問を始めている中、自分はササッと帰りました。
この会社は、エントリーシートが通過した後に説明会があり、後日に面接という順番でした。面接を受けるだけ受けるという方法もあったのですが、もう決めてしまったので、辞退。
これは、新卒というゴールドパスを捨てること。なんだかんだ言ったって「新卒」は強いのが現状。
不安だけど、やりたいことをやってみたい。本気で。どこまでできるか。
今までずっと違和感があったことがありました。それはいつも「準備」しているということ。
小学校では中学の準備、中学では高校の準備、高校では大学の準備、大学では就職の準備。
準備、準備、準備。準備ばっかりだ。
いつかはフリーで作家活動をやりたいとずっと思っていました。
もう、今から、やろう。
18歳の自分が考えた「100ANIMALS」を経て生まれた「もにまるず」。
ちゃんと100種類のフィギュアになった「もにまるず」を作りたい。
色んなグッズになる「もにまるず」を見たい。
たくさんのお店に置かれる「もにまるず」を見たい。
どこまでいけるか。
芸術祭で生まれた作品が、どんどん進出できたらこんなに面白いことはない。
両親や色んな人に助けてもらうことになるし、迷惑もかけるだろうけど、やってみたい。
会社で働くという大切な経験は得られない。まわりの人たちが社会人として、アーティストとしてどんどん実力を付けていくだろう。自分は取り残されるかもしれない。
怖いし、地味で地道。でも、やってみたい。
それに、せっかく良い出会いがあった。作品を心から気に入ってくれているメンバーです。一緒にやったらきっと面白いことになる。
帰って、両親に相談。快諾してくれました。いつも応援してくれて、感謝しています。
後日、チームもにまるずのメンバーや、学校の先生にも伝えました。
この時、父にも先生にも言われた言葉があります。
「覚悟をしなさい。そうすれば大丈夫。」
覚悟をすれば周りに伝わる。
今もこの言葉を頻繁に思い出します。
そして覚悟を決めて、大学4年生になりました。
4年生は作家活動の準備&フライングスタート期間にしよう。
卒業制作をしながら、作家活動がどこまでできるか試してみよう。
「大学4年生の美大生」という意識から「クリエイター:美大在学中」という意識で生活することにしてみました。
さて、次は作家活動の準備のお話や初出展のデザインフェスタのお話などなどです。
もにまるずヒストリー14:大学4年生の3つの柱